セーターにカヤノミの怪
セーターにカヤの実の怪の顛末記
令和5年10月14日
朝起きて居間に置いていたセーターを着ようと手に取ったら、セーターの中から木の実が二個落ちた。何かと手に取ってみたら、とてもきれいな実で心当たりがない。仔細に調べてみて、それはカヤの実に違いないと確信した。カヤの実の外側はきれいに除去されていて、中核の実だけである。誰かが手入れしたみたいにみえる。余りの唐突さに、しばし思考停止状態になった。誰がなんのために俺のセーターに二個のカヤの実を置いたのだろう。この家に住み着いてから十五年になるが、庭にあるカヤの実を取ったことは一度も無い。今年果たして榧の木が実を点けたかどうかも知らない。裏庭にあるクルミの木には実がたくさん点いているのは寝室から毎日眺めているので知っていた。深夜にそのクルミの実が屋根に時折ボタンボタンと落ちる。窓から外をみれば、下弦の月がそれを見ている。落ちたクルミを食べるのは、リスかタヌキかネズミだろうと想像しながら夢の中にいた。しかし、セーターの中にカヤの実が置かれていたのには仰天した。直ぐにSNSで調べたら、間違いなくそれはカヤの実だった。昨夜眠るときに居間にある戸は全部閉めた。それなのに、この実をどうやってここに運んだのだろうか、と謎に包まれた。
待てよ、とここ一週間の出来事を思い返してみる。10月6日に裏山から栗を拾ってきて仏壇に供えた。その後、8日が月命日なので新しい花を仏壇に供えようとしたら、香炉の灰が仏壇の机一面に散布されていて、供えてあった栗が二個かじられた跡が付いていた。その時は、ネズミの仕業に違いないと考えた。仏壇間にはネズミ除けの電波の発信器が設置されているが、既に4年経過しているのでネズミはそれに慣れてしまったのかと思っていた。しかし、庭にあるカヤの実を家の中に運んで、しかも居間のセーターの中にしまい込むことは、ネズミではできない技だと考えた。餌を採ってきて、隠す動物はリスしか知らない。だから、リスの仕業に違いないという見当をつけた。だが、仏壇間の戸と窓もすべて鍵を掛けて閉めている。庭と山に出掛けるときに瞬間的に開けるが、蛇や猫が侵入した経緯があったので、直ちに閉めるようにしている。今年はそれらを開けっぱなしにしたことがないはずである。8日の月命日以降、仏壇の香炉も供えてある栗と果物もいじられた形跡は見られなかった。安心していたら、セーターにカヤの実である。こう書いている内に、一昨夜午前二時頃二階の寝室でベッドに入ったら、階下の廊下で小動物が動き回る音がした。ネズミは歩く足音はたてないが、その動物はトントンと歩き跳ねるように聞こえた。屋根をカラスが歩き回ることは良くあるが、それとはまったく違っていた。その時はネコが忍び込んでいるのかとも考えた。翌朝、階下に行きいろいろ調べてみたがなんの変化も見受けられなかった。また、周囲には小動物らしい痕跡もなかった。
その後、余りに不可思議で謎なので、鎌倉と川崎の家族に知らせた。孫達はリスかじいじがやったのではといい、愚妻は俺の勘違いだろうという。そこで、この事件の犯人を捜し出すことにした。この家のどこかにリスとネズミが棲んでいて、それらがなんらかの共同をしたのではないかと予想できる。東の池の近くの榧の木から実を運ぶことができるのはリスしかいない。タヌキも考えられるが、タヌキは大きすぎて家に入ることはできないし、臆病で警戒心が強いから無理である。仏壇間にカヤの実を運んだのはリスで、それを居間に運んだのは同じくリスか、またはネズミであるかも知れない。では、どうやって確かめられるか。これが難しい。孫達は、木の実をたくさん縁側に置いておき、それらがどうなるかを観察すればよいと提案してきた。こんなことを考えていたら、とても楽しくなってきた。現代でこのような話題を真剣に考えて暮らしている人が他にいるだろうかと考えると、とても嬉しく幸せを感じる気分になる。先ずは、仏壇間に、栗と果物(ブドウ、ナシ、カキ)を置いておき、様子を見ることにした。置かれていたカヤの実二つも栗と一緒に置いておくことにする。このミステリーの今後の展開にご期待下さい。
同年10月15日
昨夜、セーターを置いていた場所居間にセーターを戻し、その上にカヤの実を戻した。ここに置いたものが採りに来るか、もう二つ持ってきて四個になるかを確かめたかった。仏壇間には予定通り栗と果物を置いた。午前二時前に二階で就寝した。横になってから聴き耳を立てていたら、かすかに物音がする。この前のように騒々しくないが、カタカタと動いている様子が窺える。しかし、その後静かになった。空耳かも知れないと考え寝入った。朝八時過ぎにおきて、居間に行って驚いた。セーターの上に置いたカヤの実が二つとも無くなっていた。一昨日に机の上に置いておいたときには、無くなっていなかったのに、始めにあったセーターの上に戻したら無くなったのだ。これで居間に何者かが潜んでいることが分かった。次に、仏壇間に行った、そしたら仏壇の前にかじりかけの栗が一粒落ちていた。五分の一ほどかじっている。周りをみたが、他の果物には手がつけられていない。昨夜寝るときに居間と仏壇間の間にある引き戸を閉めたので、これで仏壇間にも何者かがいることが分かった。その正体をつきとめるにはどうすれば良いか。一番いいのは二十四時間撮影できるカメラを設置することである。以前山にこの手のカメラを設置しようと調べたら、五万円以上掛かることが分かった。この方法では正々堂々ではない気がするので、止して他の方法を考えることにした。先ずは、東の池に生えている榧の木を調べて、実がなり落ちているかを調べる。その後、カヤの実を家に持ち込む動物を特定する。次は、庭と家の間に動物が往来できる抜け穴がないかを調べる。その後、カヤの実を取り返しに来た動物はだれかを特定する。予想では、カヤの実を家に持ち込んだのはリスで、それを横取りしてセーターにしまい込んだのはネズミではないかと考えている。これが現状です。新たなことが分かったらまた連絡します。さらなる展開をご期待下さい。
同年10月16日
友人の清美さんが来てカヤの実の話しをしたら、それはリスかネズミの恩返しに違いないと言う。俺のセーターには俺の匂いが付いているから、その動物は何かの恩を感じていてお礼にカヤの実を置いたのだろう。考えてみれば、近所ではネズミを駆除するのが当たり前になっている。中には生きたまま生ゴミに出す人もいるらしい。それに比べると俺はネズミの餌を家中においていて、ネズミが傍に来ても追い払いもしない。ネズミだけでなく、多くの虫たちと共存している。それを彼らは知っているのだろうか。カヤの実を一日机の上に置いたらなんの変化もなかったのに、セーターの上に戻したら翌朝消えていたのは、その所為かもしれないと考えていた。
その後事態は急展開を見せた。用を足し買い物から帰ってきて、居間でコーヒーを飲み寛いでいたら、直ぐ傍のゴミ箱の中からなにかを引っ掻くような音が聞こえてきた。以前にも何回か聞いたことがあったので、すぐネズミがゴミ箱に侵入したのだと分かった。その時、ゴミ箱にはカメムシを採ったガムテープが三本入れてあった。その匂いにつられて、ネズミが忍び込んだのだろうと推測した。ゴミ箱の蓋は回転式になっていて、深さが60センチほどあるので、一度入ったら出ることはできない。暫くして蓋を開けてみたら、なんとそこに二匹のネズミがいた。番なのだろう。いままで家にいたクマネズミより一回り大きい。ドブネズミかハツカネズミだろうと思った。この二匹がカヤの実を外から家に運び込み、俺のセーターの上に置いたに違いないと予測した。残る謎は、庭からどの経路を使ってカヤの実を運んだかだ。それを解決するのは、カヤの木から家にいたる場所を調査してみなければ分からないと思っている。今日は雨天なので、晴れた日に調べることにした。ゴミ箱にいる番のハツカネズミをどうすればよいかが新たな課題となった。野外に放してやるのがいいと考えているが、どこに放すかである。家族に経緯を説明し、ネズミの写真を見せた。孫を含めた彼らの反応が面白い。生ゴミに出せば良い、じいじがチーズをあげて飼って蛇に食べさせる、が主な提案である。深夜一時過ぎに決断し、ネズミ二匹を野外に放してあげた。野外とは何処でしょうか。彼らは自由になった途端、俺を見つめ返してお礼を言っているようにみえた。お礼参りでまた俺の家に戻ってきたらやっかいになるがそれはそれで仕方ないと思っていた。ネズミを野外に放し、家に帰ってきたらどことなく淋しさに襲われた。夜が明けたら、玄関から彼らが入ってくるかも知れないという期待が芽生えていた気がする。更なる今後の展開に乞うご期待。
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